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大阪地方裁判所 昭和27年(ワ)1107号 判決

原告 西岡艶恵

被告 藤原運輸株式会社

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする

事実

原告訴訟代理人は、「被告は原告に対し、金十三万九千円と、之に対する昭和二十七年一月十五日以降右金員支払済迄年六分の割合の金員と、を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決と「仮執行の宣言」と、を求め、その請求の原因として、

「原告は高知県長岡郡新改村久次三百七十八番地に於て農業を営むものであるが、一子信幸は昭和二十五年夏頃神戸市に出稼ぎに来て、同年八月被告に傭われ、同年八月二十九日神戸市生田区新港町第二、第三突堤中間山側鉄道引込線上に於て朝鮮向米軍用木材を貨車より積下し作業に従事し、一時他の作業員と交替休憩中午後一時四十分頃背後に積上げてあつた木材が崩れ落ちて来たので、素早く飛び逃げたが及ばず落下した木材に頭部を強打されこれが為め死亡するに到つた。

ところで兵庫労働基準局に於ては右信幸の死亡につき昭和二十六年十二月労働者災害補償保険法に基く遺族補償費は金三十五万円葬祭料として金二万千円と決定された。然し同時に遺族補償費については労働者災害補償保険法第十八条に該当するものとしてその半額金十七万五千円を遺族である被告に支給することに決定され同年十二月被告に対し右遺族補償費の半額と葬祭料とが支給された。一方被告は原告に対し昭和二十六年五月から十月迄の間に数回に亘つて合計金三万六千五百円を葬式費並に見舞金として支払つた。

然し、右信幸の使用主である被告は労働者災害補償保険法に基いて原告が政府より支給を受け得なかつた遺族補償費の残り半額金十七万五千円を自ら原告に支払うべきである仮りに原告は被告に対し、労働者災害補償保険法に基いて前記遺族補償費の半額の支払を求め得ないとしても、原告が政府より遺族補償費をその半額より支給し得られなかつたのは、前記信幸の使用主である被告が労働者災害補償保険法第三条所定の事業者として保険料算定の基礎である重要事項の報告(概算保険料報告)に当つて故意又は過失によつて不実の告知を為したがためであつて、これがため原告は労働者災害補償保険法により当然支給さるべき遺族補償費の半額を喪失し、同金額の損害を蒙つたわけである。これは被告が法律上当然為すべき前記重要事項の報告を故意又は過失によつて不実の告知をし、因つて原告の権利を侵害したものであつて原告に対する不法行為である。それ故被告は原告の蒙つた前記損害を賠償すべきである。

尚百歩を譲つて右理由がないとしても、原告の一子信幸が死亡したのは、前記のように事業主である被告の他の使用人が貨車からの木材積下し作業中過つて貨車から木材を墜落させて傍で休憩中の信幸の頭部を強打したがためであつて、これは被告の使用人が被告の業務遂行中過失によつて右信幸を死に到らしめたのであるから、その使用主である被告は信幸の母である被告に対し民法第七百十五条によつて原告の蒙つた損害を賠償すべきであり、原告がこれによつて蒙つた損害損額は慰藉料も含めて相当多額に上るけれども差当り本訴に於ては前記遺族補償費相当額の半額を請求する。

以上いづれの点から言つても被告は原告に対し前記遺族補償費相当額の半額を支払わねばならないのであるが、その中前記のように被告はすでに合計金三万六千円を支払つているから、原告はこれを差引いた金十三万九千円と、之に対する昭和二十七年一月十五日以降支払済迄年六分の割合の遅延損害金と、の支払を求める次第である。」

と述べた。〈立証省略〉

被告訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として、

「原告の一子信幸が原告主張日時死亡したこと、原告がその主張日時その主張の金額の遺族補償費の支給を受けたことは認めるがその他の原告主張事実は全部否認する。

被告は原告の主張する鉄道引込線上に於ける木材の貨車積下し作業を請負つたが、これを更に訴外東神運輸株式会社に下請させたのであつて、原告主張の日時場所に於ける作業は総て右訴外会社が行つたものであり、且原告の一子信幸は右訴外会社が毎日雇入れていた人夫であつて被告の雇人ではない。従つて被告は右信幸の死亡については何等の責任もないのである。然し右信幸の死亡に当つて、このまゝ放置しておいては遺族である原告には一銭の災害補償金も貰えないことが判明したので、気の毒に思い前記訴外会社の社員と被告の社員とが計らつて兵庫労働基準局に対し右信幸が被告の使用人であるかのようにして手続をして漸く労働者災害補償保険法に基く遺族補償費として金十七万五千円を原告に支給して貰えるようにして、原告は之が支給を受けることができたのである。その際原告は被告の右好意ある処置に感謝して今後被告には何等の請求をもしないことを言明して右金を受取つたのである。

それ故仮りに右信幸が被告の雇人であつて、被告に於て遺族補償費の半額を原告に支払わねばならないものとしても、原告は前記のように昭和二十六年十二月一切の被告に対する請求権を抛棄したのであるから被告はその支払の義務はない。

尚仮りに右の理由がなく被告に支払の義務があるとしても被告は原告のため葬式費用等として合計金三万六千五百円を立替支払つているから、これをその対当額に於て相殺する、よつて被告は原告主張の金額全部を支払う義務はない。」と述べた。〈立証省略〉

理由

昭和二十五年八月二十九日原告の一子信幸が死亡したこと、は当事者間に争がない。而して成立に争のない甲第五号証の一乃至三によると、右信幸は神戸市生田区新港町第二、第三突堤中間山側鉄道引込線に於て貨車より木材の積下し作業中貨車より木材が落下し頭部に激突して頭蓋骨が粉砕し即死したものであることが認められる。

ところで成立に争のない甲第六号証の二と証人夏川貫一、同前田国一、同岩井義之の各証言並に被告代表者本人訊問の結果とに弁論の全趣旨を総合すると、次のことが認められる。即ち被告は神戸に於ける米軍朝鮮向木材の貨車よりの積下し船積み作業を請負つたが、之を神戸市内に本社のある訴外東神運輸株式会社に下請させた。而して訴外白石信雄は職業安定法に触れるのを免れるため表面上は右訴外東神運輸株式会社の作業部長と言うことにし、実は白石組と称して毎日雇人夫を集め之を右訴外会社の各作業場に供給し、右訴外会社から支払われる人夫賃と自己が各人夫に支払う賃金との差額を収得する所謂人夫供給業をしているものであるが、原告の一子信幸はこのような白石組コト白石信雄から訴外東神運輸株式会社に供給され同訴外会社の人夫として、同訴外会社が被告から請負つた前記木材の貨車積下し作業に従事中前認定のように不慮の災害によつて死亡した。ところが当時訴外東神運輸株式会社に於ては右信幸を自己の使用人夫として労働者災害補償保険法に基く諸手続並に申告等をしていなかつたので右信幸の業務上の災害死亡による右保険法による保険給付が受けられないところから、右訴外白石信雄、同東神運輸株式会社の社員並に原告の神戸支店の社員稲見敏郎が協議の結果、右信幸を原告の使用人夫として兵庫労働基準局に届出をし、同基準局に於ては被告に労働者災害補償保険法第十八条に該当するものがあるとして遺族である原告に対し遺族補償金三十五万円の半額を支給することに決定した。と言うことが認められる。以上の認定に反する証人山本一猪、同馬路保幸、同岡林大佐美の各証言並に原告本人訊問の結果は措信出来ない。これらの証人の証言並に原告本人の供述はいづれも右信幸死亡後遺族補償の支給を受けるために前認定のような虚偽の報告届出をした被告の社員や訴外白石信雄や訴外東神運輸株式会社の社員等より聞知したことを基礎にしての証言や供述であるから事の真相を伝えたものとは認めることができない。かくて原告は昭和二十六年十二月原告は遺族補償費の半額金十七万五千円を政府より支給され之を受取つたことは当事者間に争のないところである。

そこで原告の遺族補償費の残半額の請求について考えるのに、

労働者災害補償保険法第三条所定の事業主が同法所定の保険料の算定又は保険給付の基礎である重要な事項について不実の告知をしたり、また保険料の納付を怠つたがため保険事故発生の際同法第十七条第十八条によつて国家がその保険給付の全部を支給しないときに、国家が支給しなかつた保険給付の全部又は残りの一部を当然その事業主が負担し之を被保険者又は遺族に支給しなければならないかは労働者災害補償保険法には何等の規定はないのみならず、むしろ同法に基いては事業主はかゝる給付義務を負わないものと解すべきであつて、このような場合労働者並にその遺族は労働基準法に基いて使用者である事業主に対して災害補償を求めることができるのである。従つて原告の労働者災害補償保険法に基く請求は請求自体法律上理由のないものと言わねばならないのみならず、前認定事実によると原告の息子信幸は被告の使用人でないのであるから、この点から言つても原告の右請求は理由がない。

次に原告の被告の不法行為に因る請求についてみるのに、前に認定した事実によつて明かなように原告の息子信幸は被告の使用人でないのであるから、被告が右信幸の使用人であることを前提とする原告のこの請求も認容するに由がない。

更に原告の民法第七百十五条に基く請求について考えるのに、前に認定した通り原告の一子信幸が業務上災害死したのは訴外東神運輸株式会社が被告より下請によつて請負つて木材の貨車積下し作業中であつて、これは訴外東神運輸株式会社の他の使用人の作業上の過失によるものとみるべきである(本件に於ては被告の使用人の過失と認めるべき証拠はないのみならず、訴外東神運輸株式会社の使用人の過失であると判断すべき明瞭な証拠はないが、同訴外会社の作業場に於ける事故であつて而かも積荷の木材の落下による事故であるから恐らく同訴外会社の使用人の作業上の不注意によるものとみとめるのが妥当である。)からこれによる原告の損害は被告に於て賠償すべき筋合ではない。それ故この点の原告の本訴請求は認容することはできない。

以上のようにみて来ると原告は本訴請求は訴外東神運輸株式会社に対して請求するのであれば兎も角被告に対する限り認容することができないことを遺憾とする。よつて原告の本訴請求を棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九條を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 喜多勝)

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